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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)358号 判決 1953年4月28日

上告人(被告・被控訴人) 三重県知事

被上告人(原告・控訴人) 西口利平

一、主  文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

二、理  由

上告代理人本庄修の上告理由は後記書面のとおりである。

同第一点について。

自創法三条において、同条所定の農地は、その所有者の意思にかかわらず政府がこれを買収することを定め、さらに同法一五条一項において、同条所定の宅地をも買収することを定めたのは、いずれも同法一条に定めるように、耕作者の地位の安定、農業生産力の発展、農村の民主化等の目的を達するがために外ならない。従つて宅地といえども、自作農となるべき者が賃借権等を有するからといつて、常にこれを買収すべきものではなく、右の目的を達するに必要なかぎりにおいて認められるのである。それゆえ同法一五条一項によつて、自作農となるべき者が賃借権を有する宅地の買収を申請した場合においても、その自作農の農業経営上必要と認められないものまで買収することは、同法の目的に副うところでないことはいうまでもない。されば同法一五条一項に「市町村農地委員会が相当と認めたときは」と定めたのは、一応この判断を農地委員会に委ねた趣旨であつて、もし農地委員会が同法の目的に反する判断の下に買収決定をした場合は、もとよりその行政処分は違法であるといわなければならない。すなわち自創法の定める宅地買収の申請があつた場合、買収が相当であるかどうかは法律の解釈適用の問題であつて、所論のように、農地委員会の自由裁量に属する事項であるということはできない。論旨は理由がない。

同第二点について。

自創法による宅地の買収計画決定ないし買収令書の発行はその当時の事実に基いて行われることもちろんであるが、同時にその当時明らかに予見のできる将来の事実も、判断の資料たるべきものであつて、本件宅地が将来不要となることが当時明らかに期待できる以上、これを買収すべき理由はなく、原判決の判断は正当である(論旨一)。また原判決によれば、訴外稲垣正男が、農地への距離が本件宅地よりも近くて便利な箇所に家屋を新築中であるが、未だ使用するに至らず、依然本件宅地を使用していることは所論のとおりである。しかし原判決認定のように他の箇所に家屋を新築中であるという事実があり、また本件宅地上の家屋をもそこに移築する意思のある事実がある以上、住宅移築後は本件宅地は必要がなくなるのであるし、また移築までは借地法の保護あるをもつて十分とすべきであつて、買収までする必要は認められない。これに反しもし買収されれば被上告人は大きな不利益を受けること明らかであつて、かかる場合は買収を相当としないといわなければならない。原判決の判断は正当である(論旨二)。さらに自創法二八条の規定は、本件宅地を買収するかどうかについて直接関係がなく、この規定を法一五条に附会して原判決がその解釈を誤つたと論難する主張は全く当らない(論旨三)。以上いずれの理由についても、原判決が法一五条の解釈を誤つたという論旨は理由がない。

同第三点及び第四点について。

所論の、原判決が大審院判例に違反するという主張は、判例を具体的に挙げていないばかりでなく、原判決を記録について調べて見ると、原審はいずれも証拠を充分に調べた上判示のような判断に到達したことが明らかに認められるから、なんら所論のような違法はなく、論旨は結局原審の証拠の取捨判断を非難するに帰し理由がない。また論旨(第四点の六)は、原判決が本件宅地の買収を不適法であると判断した判示において、当時未だ施行されていなかつた自創法一五条二項三号に掲げる語句を用い、「位置環境等の関係から云つても」と説明していることを指摘して、原判決が法律を不当に適用した違法があると非難するが、原判決は買収を相当としない事情の一つとして右判示をしたのであつて、右法条を適用したのではないから、これに反する見解を前提とする論旨は理由がない。

以上のほかの論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」一号ないし三号のいずれにも当らず、また同法の法令の解釈に関する重要な主張を含むものとは認められない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員一致の意見をもつて主文のとおり判決する。

(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)

上告代理人弁護士本庄修の上告理由

第一点 原判決は行政庁の自由裁量権を干犯した違法がある。

本件買収にかゝる宅地については、訴外稲垣正男が従来の小作農地を自作農創設特別措置法(以下法と略称する)によつて売渡を受け自作農となつたので、本件宅地を被上告人より賃借しこれを住宅の敷地とする外、納屋、車小屋等を建設したり収穫物の乾場として直接的に農業経営に使用していたので買収を申請したところ、四日市市農地委員会がその申請を相当と認め買収計画をたてたので、上告人が本件買収令書を発したものである。

而して法第十五条によれば宅地を買収するためには

(一) 自作農となるべき者がその買収申請をすること

(二) その申請者が宅地につき賃借権等の権利を有すること

(三) その申請を市町村農地委員会が相当と認めること

を要するのであつて、以上の諸条件を具備する場合に限り買収することができるという意味並に範囲において本件買収は講学上所謂覇束行為と称することができる。

しかしながら右三個の条件が具備する以上、農業経営に必要の程度とか、その他の事項についての認定については行政庁は自己の自由なる良識判断によつて、その最も適当と信ずるところに従つて処置し得べき権限を有するものと解せねばならない。即ちこれは自由裁量権に外ならないものである。

思うに自作農創設特別措置法による行政庁の行政処分にして違法であるならば、これが取消又は変更を求め得ることは法第四十七条の二の規定するところであるが、右に所謂違法とは行政処分に当り遵守すべき強要的規則に反することを意味するものであるところ、法第十五条の買収処分は前叙三条件を具備する場合に限りこれをなすことを要求せられ、この条件を具備せざる宅地を買収した場合これを違法ということができるが、法第十五条が農業経営の必要の程度、その他の買収申請の相当性の問題については所謂強要的規則を一定することを不適当として、これを専ら公正な行政庁の適当と判断するところに任せて農地改革の一環としての宅地についての解放を実際の運用に適して合理的に行われんことを意図している点からは、この市町村農地委員会の宅地買収についての相当性に関する判定に対しては、仮令当を欠くが如き場合があつてもこれをもつて違法なりとして争うことは最早できないものと解釈する。

今本件についてこれをみるに、四日市市農地委員会は本件宅地は自作農となつた稲垣正男が農業を経営するにつき必要であり、従つてその申請を相当と認めたのでその買収計画をたて、三重県農地委員会が承認したので上告人が買収令書を発行したものであり、その認定が実質的に何等違法がないばかりでなく形式的にもその自由裁量権の範囲内においてその申請を認めたのであるから、原判決がその範囲内に立入り買収の適、不適を判断して本件宅地買収を不適当なるが故に違法なりとしてその取消をなすべき旨の判決をしたのは、立憲則を破つて行政権を侵犯したものに外ならず、重大な違法があるものと云わなければならない。

第二点 第一点について破毀すべき理由がないとしても、原判決は法第十五条の解釈適用につき重大な誤謬をなした違法がある。

一、本件買収にかゝる宅地は訴外稲垣正男が、予てから被上告人からこれを賃借していたことは原判決が証拠により認定するところであり、同人は法によつてその小作農地の売渡を受け自作農になつたので、法十五条により本件宅地の買収方を申請した結果、上告人が本件買収令書を発したことは原判決において当事者に争なしとするところである。

然るに原判決は「原審並に当審における検証の結果によれば本件宅地は前記稲垣正男がこれに住宅納屋を所有し、現に主としてこれをその農業経営に使用している事実は明らかである」と認定しながら「右宅地が同人の農地経営上必要であるか。どうか思うに自農法が耕作者の農地経営に従属せる宅地であつて右耕作者が賃借権等の権利を有するものを買収するのは、これを当該耕作者に売渡し以て耕作者としての地位の安定を図るのにあつてこれをして不当に利得させる趣旨のものでないから買収すべき宅地は耕作者の農業経営上真に必要なものに限られるものと解すべきである。ところで本件についてこれを見るに成立に争のない甲第六号証並に前記稲垣の証言及び検証の結果によると同人はその経営せる農地への距離が本件宅地よりも近くて便利な箇所に六畳二間、四畳半二間、玄関土間付中二階の相当堅固な家屋を新築し、しかもその前方には百数十坪の空地があつて同人がその妻、老母及び幼少の子女六人と共に之に居住してその有する農地一町一畝余を経営するに十分であり恰好の施設であることがうかゞわれなお同人も本件宅地上の家屋をこゝに移転する意志があり既に移築許可の出願もしている次第が認められる。して見ると本件宅地はもはや同人の農業経営上必要不可欠のものでないといわねばならぬ」と論断する。

しかしながら法第十五条(本件買収令書は昭和二十四年三月二日付で発行されているが、当時は昭和二十四年六月二十日法律第二百十五号第八条による改正はなかつた)は「第三条の規定により買収する農地若しくは第十六条第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者が左に掲げる(中略)土地(中略)を政府において買収すべき旨の申請をした場合において、市町村農地委員会がその申請を相当と認めたときは政府はこれを買収する。一、(略)二、第三条の規定により買収する農地又は第十六条第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者が(中略)賃借権、使用貸借による権利若しくは地上権を有する宅地(下略)」と規定しているのであるから、右宅地の買収計画樹立乃至買収令書発行はその樹立又は発行時現在を規準としてこれをなすべきこと疑の余地がない。

果して然らば、原判決も認定した如く自作農となつた稲垣正男がこれに住宅、納屋等を所有し、現に主としてこれをその農業経営に使用しており、これを具体的にいうならば第一審判決認定の如く、稲垣が本件宅地上に母屋、納屋、車小屋及藁小屋等を建設して居り、而してその母屋は同人の家族の起居生活に、納屋は収穫した農産物の他唐箕機、除草機、鋤、鍬等の農器具、車小屋は農作物並に農器具運搬用の荷車、藁小屋は藁や繩綯機等の格納のために使用し、宅地の空地も農産物の乾燥場として使用しているのであるから、宅地の空地が直接農業経営に必要なことは勿論、前叙の如き諸建築物の存置用に宅地を使用していることも農業経営に必要不可欠な関係にあることを示すものであつて、政府において法第十五条により買収し得るものであることは明白である(昭和二五、七、一三最高裁判所言渡、昭和二四年(オ)第五三号判決御参照。我妻栄、加藤一郎両氏共著農地法の解説、昭和二十二年十一月十日版第七四頁同説)にかゝわらず他に未だ使用するに至つていない稲垣の新築家屋のあることを理由とし、本件宅地買収計画樹立当時及買収令書発行当時において稲垣が現に本件宅地を右の如き農業的用途に使用していることを認定しながらこれを考慮に容れず、農業経営に必要不可欠のものでないと論断したことは法第十五条の解釈適用について重大な誤謬をおかしたものである。

二、もつとも稲垣が本件宅地の外に新に原判決認定の如き家屋を建設中であることは争わないのであるが、未だ完成を見ず住居に使用するに至つてないのであるばかりでなく、仮令かような新築家屋があつても現在に至るまで前述の如き農業経営に使用しつゝあるのは本件宅地であるから、本件宅地は買収令書発行当時において、稲垣のため農業経営上必要なものといわねばならないものである。

結局原判決はこの点において法の解釈を誤り理由不備の違法あるものである。

三、稲垣正男が本件宅地上の家屋を新築家屋の場所に移築する意思を有しないことは下記第三点で述べる通りであるが、仮りに原判決認定の如く右のような意思を有するものとしても買収計画の樹立、買収令書の発行はその樹立、発行当時の事実を基礎としてこれをなすべく、将来の見込を以てなすべからざること右に述べた通りである。このことは法第十五条の規定の解釈上明白であるばかりでなく、これを法第二十九条第二項によつても明確にいうことができる。思うに同条同項には「第十五条の規定により政府が買収した(中略)土地(中略)の売渡については、(中略)前条の規定を準用する」と規定せられ、準用規定の法第二十八条には「第十六条の規定による農地の売渡を受けた者若しくはその者から当該農地の所有権を承継した者が当該農地についての自作をやめようとするとき(中略)は、政府は命令の定めるところによりその者に対して当該農地を買取るべきことを申し入れなければならない」と規定せられているのであるから、もし売渡を受けた宅地の使用を止めるときは政府の先買を申し入れなければならないことになるのであつて、本件の場合稲垣が本件買収宅地の売渡を受けても、もしその地上の建物を撤去しその宅地の使用を止めるならば、政府がこれを買い取ることゝなり原判決の憂うるが如き稲垣をして不当に利得せしめる結果にならないのである。然るに原判決が将来移築する場合なお不当な利得を稲垣をして保持せしめんことを恐れて「もはや同人の農業経営上必要不可欠のものでないといわねばならぬ」と説示するのは法第二十九条第二項の規定の存在を無視又は遺忘して法第十五条を不当に解釈適用するものである。

第三点 原判決は幾多の大審院判例と相反する判断をしている。

原判決は「同人(稲垣)も本件宅地上の家屋をこゝに移転する意思があり既に移築許可の出願もしている次第が認められる」と説示する。

しかしながら稲垣の家屋新築の目的は第一審判決認定の如く、多数(九人ある。第一審の稲垣に対する証人訊問調書に現在家族は六人で云々とあるは九人の誤記)の家族が居つて戦災後建てた現在の家屋が手狭であるのと他の農民との共同作業の便宜等を考えて家族の一部をこゝに移転せしめるにあり、又甲第六号証(新築、移築許可願)を稲垣が提出したのは、当時建築の統制が厳重であつて家屋の新築については移築を併せて出願する方が許可を受け易かつた関係上そうしたまでゝある。

第一審証人稲垣正男は「現在住んでいる宅地が買えるとなると父祖代々の処ですからそこにいたいというのが現在の心境であります」と証言し、本件宅地上の現在の家屋を新築家屋の所に移築する意志を有する趣旨の証言をしていないのにかゝわらず、右証言によつてその意思を有することを認定したのは証拠の趣旨に反して不当の事実を認定することは違法であるとの幾多の大審院判例と異る見解の下に立つて右判示をなしたものである。

又甲第六号証は第二審において初めて提出されたものであつて、上告人は前述の如き証拠抗弁をなし、立証のため証人吉田米男の喚問を申請し、同立証は右抗弁に対する唯一の証拠であるのにこれを採用せずして一方的な被上告人提出の証拠である甲第六号証だけによつて稲垣が本件宅地上の家屋を移築する意志を有する旨認定したが、これは原判決は争点に関する唯一の証拠調の申請を却下すること並に抗弁の判断を遺脱することは違法であるとする従来の幾多の大審院判例に相反する見解を表示したものである。

第四点 原判決は自作農創設特別措置法第十五条第二項の適用を誤り、且つ従来の大審院判例と相反する判断をした。

原判決は「加うるに原審証人立松彦太郎、当審証人長谷川正逸の証言によると、本件宅地附近は住宅区域であつて右稲垣一家を除いて他に農家なく、また本件宅地は都市計画による区画整理の結果現在家屋の建つている大部分は他人の換地となるのでその南方の部分に家屋を移転せねばならぬ事となり、しかもその地積は約二割二分を減少し空地は頗る狭少となることが認められ、農業経営上の利用価値も甚だ少く、位置、環境等の関係から云つても買収に不適法である」と判断する。

しかしながら右判断には幾多の誤謬を包蔵している。

一、「本件宅地附近は住宅区域であつて右稲垣一家を除いて他に農家なく」というも本件宅地は稲垣の住宅、納屋、車小屋、藁小屋が建設せられているが、主として住家の敷地であり、恰も他の住家の場合土蔵、物置等併置されていても尚住宅ということを得るようなものであり、「農家」といえども農耕者の「住宅」であつて稲垣の住宅があつても「住宅区域」というに何等差支ないのである。

二、実際上は本件宅地附近には農家が五戸存在し、原審証人立松彦太郎はその家を指して本件宅地より数軒隔てた箇所に一戸、その他数戸の農家ある旨を証言したにかゝわらず調書には「現在百姓をしているのは稲垣の処だけであります」と記載されて居るのである。なお原審証人長谷川正逸は「本件住宅附近は農家を含む意味における農業地区と一般住宅地区との両者の存する混合地区である」旨証言しているにかゝわらず農家の存在を不適当とする住宅地区であると認定したのは、証拠趣旨に反し不当な事実を認定することを以て違法とする大審院判例に相反する判断したものに外ならない。

三、仮に稲垣の一家のみが本件宅地附近に農家として存在するものとしても同人家は父祖の代より長くこの地に居住し、この地より農地(このたび売渡を受け自作することになつたもの)に通つて農業に従事していたもので今更農家である稲垣の住宅がこの地にあることを不適当であるとするが如き原判決の判断は不当というの外はない。

四、「本件宅地は都市計画による区画整理の結果現在家屋の建つている大部分は他人の換地となるのでその南方の部分に家屋を移転せねばならぬ事になり」との認定は長谷川証人の証言によるものであるが、上告人はこれを争い本件宅地が都市計画によつて換地される範囲は二割二分位であつて、残地五十余坪は現在の家屋を移転することなく使用ができ、尚買収部分に相当する換地を適当な隣接地において受けることになつて居る旨抗弁し、その立証として証人牧鑰之助の喚問を申請し、これが上告人の右反証として唯一のものであつたのにかゝわらず原裁判所はこれを却下したのは、唯一の証拠申請を却下することを違法とする大審院判例と相反する見解に立つてこれをするものに外ならない。

五、「その地積は約二割二分を減少し空地は頗る狭少となることが認められ農業経営上の利用価値も甚だ少く」と説示するが本件七十五坪の二割二分減少しても残地はなお五十八坪五合あり、これに家屋建坪約二十坪余(第一、二審検証の結果により、算定することができる)を差引いてもなお三十八坪位の空地を残すから、「頗る」狭少となるということは当らない。

又原判決は「空地は頗る狭少となることが認められ農業経営上の利用価値も甚だ少く」という判示について考えるに、空地の利用のみが農業経営に利用価値あるものと解するようであるが、第二点において既に主張した通り稲垣が本件宅地上に住宅、納屋、車小屋、藁小屋等を建設していることが、即ち農業経営のために本件宅地を使用しているものなること(前掲御庁判決御参照)を看過しているので右判断は不当であり理由に齟齬あるものといわねばならない。

六、原判決は「位置、環境等の関係から云つても買収に不適当である」と説示する。

なるほど法第十五条第二項に「政府は、左の各号の一に該当する場合は、前項の規定による宅地又は建物の買収をしない。一(略)二(略)三宅地又は建物の位置、環境及び構造により買収を不適当とする場合」と規定せられているが、右規定は昭和二十四年六月二十日公布の法律第二百十五号第八条によつて新に加えられた規定であるが本件買収令書は同年三月二日付にて発行せられたものであつて、その当時にあつては右第二項の規定が存在しなかつたのであるから、かくの如き規定を適用して本件買収の当不当を判断することができないのに、これを敢てしたのは法律を不当に適用した違法がある。なお適用があるとしても、位置、環境等については原判決は何等具体的にこれを審理して判示するところがなく、専ら農業経営上の利用価値の問題についてだけを判示するに止まつてをり、この点審理を尽していない違法がある。

第五点 原判決は自作農創設特別措置法第一条の精神を無視し本件買収を不適当、違法であると判断した。

稲垣正男はその曾祖父の時代から本件宅地七十五坪の外八十三坪合計百五十八坪の宅地を賃借し、こゝに住宅等を建設し代々農業を営み来つたが、昭和二十年六月空襲によつて全焼するや現在の諸家屋を建設し依然営業を営み来つたものであり、被上告人は製網(漁網)会社社長の職にあり四日市市有数の資産家であり、昭和二年頃地主小笠原治郎八より本件宅地を買受け所有していたものであるが、終戦後は本件宅地賃貸借の継続を喜ばず賃料の受領を拒み、自作農創設特別措置法施行後は特に賃貸借契約を解除せんことを企て、稲垣が四日市市復興事務所に届出でようとして借地届を作成し地主としての捺印を求めたけれども、被上告人はその求めに応せず、昭和二十二年三月頃に至り百五十八坪の内八十三坪の返還を求めた上、これを訴外東京銀行四日市支店に貸与しその社宅を建設せしめた際にも、稲垣は法律や世情に疎いため率直に被上告人の要求に聴従したのであるが、都市計画による区画整理が施行せられ既に換地は決定して居るにかゝわらず、本件宅地を売渡され登記も完了して居る稲垣には何等その決定なく、その換地が被上告人所有土地の換地に包含せられて居るのは、四日市市都市計画委員である被上告人の策動と思われる節があり、元四日市市農地委員会書記であつたが職務怠慢なりしため退職せしめられた村手利彦(第二審証人)を雇入れて自作農創設特別措置法の適用を免れんと汲々としているものであつて、以上の事実は本件記録によつてこれを認定できるのである。

而して被上告人が同法の適用を免れんとして稲垣が父祖の時代より借受け来つた本件宅地の隣接地の返還を求めた結果、区画整理に際会し残存の七十五坪の宅地の換地等について稲垣が不便を忍びつゝあるにかゝわらず、被上告人が本訴において「本件宅地の中右訴外人所有の建物の敷地に相当する広さ以外の部分は、都市計画によつて他人に交付する換地に指定せられて居る関係上、右宅地が買収せられて同人に売渡されるとしても空地がないことになり、同人はこれを農業経営上十分に利用する価値がないことになる」と主張するは甚だしく信義に反するところであるが、原判決は前段掲記の如き諸事情を看過して右被上告人の主張を容認する判断をしたことは徒に被上告人の個人的利益保護に専念して、耕作者の地位を安定し農業生産力の発展と農村の民主的傾向を促進することを目的とする自作農創設特別措置法の公益的精神を没却するものであつて、結局法の適用を誤つたものといわねばならない。 以上

第一審判決の主文および事実

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が自作農創設特別措置法(以下自農法という)第三条及び第十五条に依り三重ぬ第九二号をもつて原告に対しなした原告所有の四日市市大字四日市字諏訪西三百三十二番宅地七十五坪を買収する旨の行政処分はこれを取消す。」訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として被告は自農法第三条及び第十五条に依り三重ぬ第九二号をもつて原告所有の前記宅地七十五坪を買収時期昭和二十四年三月二日対価金四千五十円と定めて買収する旨の行政処分をなし、その買収令書を同月十六日原告に交付した。然しながら同法第三条第十五条に依り買収する宅地は自作農となるべき者が、これに対し賃借権、使用貸借に依る権利若くは地上権を有する場合に限るが前記宅地の買収申請をした訴外稲垣正男は右宅地につき是等何等の権利をも持つていないのに同人の申請によつて被告が右宅地を買収したのは違法である。仮りに然らずとするも右宅地は都市計画法第十二条第一項の規定に依る土地区画整理を施行する土地であつて三重県知事が昭和二十三年八月二十三日三重県告示第三百七十七号を以て自農法第五条第四号の規定に依り指定した区域内にある土地であるから同法条の規定により買収から除外せられているのである。よつてこれを買収したのは違法である。即ち同法条の趣旨とする処は都市計画法第十二条第一項の規定に依る土地区画整理を施行する土地で地方長官の指定する境域内に在るものは自作農創設の為めに農地又は農業用施設を創設存続せしめないようにする法意であることが窺われるからである。以上の理由がなりたゝないとしても自農法第三条、第十五条に依り宅地を買収することのできるのは其の宅地が同法第三条に依り買収する農地に対し従属的連関々係を有する場合に限られるべきである。若しそうでないとするならば自作農創設の為めには買収農地と関係のない如何なる宅地でも買収できることゝなり土地所有権の安全は庶幾することができないからである。然るに右原告所有の宅地は自作農となるべき稲垣正男の為めに買収する農地とは約五丁の距離があり、両地間に些の連関もないにも拘らず右宅地の買収方を申請した同訴外人の行為は権利の濫用であつて右申請を容れて買収処分をした被告の行為は法規の濫用により右宅地に対する原告の所有権を侵害する憲法違反の措置というべきであつて違法の処分であるからこれが処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べ被告の答弁事実中原告が稲垣正男に右宅地を戦災前迄賃貸していたこと、同宅地上にあつた稲垣の家屋は戦災によつて焼失したことおよび昭和二十四年三月三十一日に同人が右宅地の昭和二十一年四月から同二十四年三月まで三ケ年分の賃料として金四百二十七円五十銭を供託したことは認めるがその他の事実は否認する。なお稲垣正男は昭和二十年前記宅地上の建物を焼失した以後は該土地につき何等の権利をも有していないのであると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中被告が原告主張の宅地に対しその主張の如き行政処分をなしたこと而して買収令書が原告にその主張の日に交付せられたことおよび右宅地が都市計画法第十二条第一項による土地区画整理を施行する土地であつて、被告が原告主張の日時その主張の如き自農法第五条第四号による買収除外の指定をした区域内に在ることは認めるが、その他の事実は否認する。即ち訴外稲垣正男の曾祖父訴外稲垣吉三郎が大正十年五月十五日の借地法施行前当時の所有者訴外小笠原次郎八の先代から右宅地七十五坪を含めた宅地百五十八坪を賃料一ケ年玄米四俵三斗の約束で借り受け、その地上に住家を建設し、右借地権は吉三郎の子島吉、孫正太郎を経て曾孫稲垣正男に順次承継せられ又右宅地の所有権が昭和二年頃原告へ移つてからも右宅地の賃貸借契約は依然継続して昭和二十年六月に至つたところ、四日市市が空襲に遭い右正男の住家も焼失したので、同年九月同人は現在の住家(建坪十二坪)及び納屋(八坪)藁小屋(二坪)車小屋(二坪)を同宅地上に建設して今日におよんだが賃料も昭和二十年度分迄完済し、昭和二十一年から同二十三年度分は原告に於て受領を拒んだので右正男は之を供託した。そうしてその間昭和二十二年三月には原告が右借地百五十八坪の内八十三坪を訴外東京銀行に使用せしめる目的で返還を要求したので右正男は之を返還したがその余の部分即ち右買収宅地は原告においてそのまゝ右正男の使用を承認していたもので同人が買収処分当時迄右宅地について賃借権を有していたことは明かである。又右宅地が都市計画法第十二条第一項による土地区画整理を施行する土地であつて被告が自農法第五条第四号による買収除外の指定をした区域内に在ることは前叙の如くであるが、同法条による買収除外の指定は農地を対象とするものであつて宅地をその対象とするものではないのである。蓋し都市計画法第十二条第一項によれば「土地区画整理は都市計画地域内における土地について、その宅地としての利用を増進するため施行されるもの」であるから、その施行地域内の農地で近い将来に宅地となるものが多い。かような農地に自作農を創設することは無意味であるので右のような買収除外の指定をするのである。又自農法第十五条買収農地と買収附属物(宅地、建物等)との関係については別段の定めをなさず、市町村農地委員会が「買収申請を相当と認めたとき」として、その自由裁量に任した。そうして市町村農地委員会がその申請を相当とする場合とは同法第三条により自作農となるべき者が、その農業経営上必要な場合と解すべきところ前記宅地は同法により四日市市内における農地田一町一畝二十五歩を売渡されて自作農となつた稲垣正男が前叙の如く同地上に住家、納屋、藁小屋、車小屋各一棟を所有していて住家は農業者としての住居に、その他の建物は収穫した農作物及び農機具の収納に、又残余の空地は収穫した農作物の乾燥場等に使用しているのであつて右農地についての農業経営上必要欠くべからざる土地であり右農地と密接不可分の関係にあるのである而してかゝる関係にある以上農地と宅地との地理的距離がたとえ五丁や十丁あつても差支えないのであるから稲垣正男がなした右宅地の買収申請は相当であつて権利の濫用とはならず従つて右申請に基いてなした被告の該宅地の買収処分もまた自農法第十五条の規定に従つた適法な処置であり何等憲法違反ではないのであるからいずれの点よりするも原告の本訴請求は失当であると述べた。(立証省略)

第二審判決の主文、事実および理由

主文

原判決を取消す。

被控訴人が昭和二十四年三月二日三重ぬ第九二号を以て控訴人に対して為した四日市市大字四日市字諏訪西三百三十二番

一、宅地七十五坪を買収する旨の行政処分はこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上の主張は

控訴人において訴外稲垣正男は本件土地上に存在する自己所有建物を自作農創設特別措置法(以下自農法という)によつて取得した土地に移築すべく三重県庁に申請してこれが許可を受けている。即ち同人は該建物を将来農業用のため本件地上に存置する意思がないこと明らかである。また同人は右移築建物の外右自農法によつて取得した土地に同県の許可を得て建物を新築して居り右新築建物は規模宏大堅牢であつて本件地上の建物を凌駕し、且つその屋敷内に広大な空地を存し同人が農業を営むに十分余りあるのみならずその位置も同人が自農法によつて取得した農地に接近し農業経営上至便であつて今更同人の農地より遠隔不便の位置にある本件宅地を買収する必要はないのである。なお本件宅地の中右訴外人所有の建物の敷地に相当する広さ以外の部分は都市計画によつて他人に交付する換地に指定せられて居る関係上右宅地が買収せられて同人に売渡されるとしても空地がないことになり同人はこれを農業経営上十分に利用する価値がないことになるのである。従つて本件宅地の買収は不適当である。と述べ、

被控訴代理人において、訴外稲垣は本件宅地に父祖の代から永年居住し、現在自農法によつて売渡を受けた農地を継続して耕作し来つたもので、その農地との距離も差程遠くなく今まで別段不便不都合を生じなかつたものである。唯同人は本件宅地に続く八十三坪の空地を控訴人の要求によつて返還したため同人の家族は九人あつて現在の住居は狭隘であるのと附近農耕者と共同作業をする必要があつたため郊外に家屋を新築したのであるが未だこれは完成していないのである。たとえ完成していたとしても本件宅地上の家屋を撤去する意思はないのである。同人が移築の出願をしたのは、当時建築の統制が厳重であつて家屋の新築については移築を併せて出願する方が許可を受け易かつた関係でそうしたまでである。なお本件宅地が都市計画によつて買収せられる範囲は七十五坪の二割二分位であつて残地五十余坪は宅地として使用ができ、残地については買収によつて売渡された稲垣が適当な換地を得ることになつて、右五十余坪と合せ十分利用できる関係になるのである。と述べた外原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。(立証省略)

理由

被控訴人が自農法第三条及び第十条に基ずいて控訴人主張の本件宅地を昭和二十四年三月二日対価四千五十円で買収することとし、同月十六日その旨の買収令書を控訴人に交付したこと及び右宅地が都市計画法第十二条第一項による土地区画整理を施行する土地であつて被控訴人が昭和二十三年八月二十三日自農法第五条第四号による買収除外の指定をした区域内にあることは当事者間に争のないところである。

控訴人は本件宅地は右自農法第五条第四号によつて買収から除外されるのだというが同条項によつて買収から除外されるのは農地であつて、宅地はこれに含まれないことが明らかであるから控訴人の右主張はその理由がない。

次に控訴人は本件宅地の買収申請をした訴外稲垣正男において、同法第十五条第一項第二号所定の賃借権等の権利がないという。しかし原審証人稲垣正男(第一、二回)立松彦太郎西口ふみの各証言を合せ考えると同人が右土地に賃借権を有つていることが認められ甲第二号証のみでは右認定をくつがえすことができないから控訴人の右主張も採用しない。

進んで控訴人は右宅地は農地との従属関係を有せず、その農業経営上必要でなくその利用価値も少く位置環境等からも買収に不適当である旨主張するからこれについて考察する。

原審並に当審における検証の結果によれば本件宅地は前記稲垣正男がこれに住宅納屋等を所有し現に主としてこれをその農業経営に使用している事実は明らかであるから、右は自農法第十五条第一項第二号にいわゆる農地に就き賃借権を有する宅地ということができるが、右宅地が同人の農地経営上必要であるかどうか。思うに自農法が耕作者の農地経営に従属せる宅地であつて右耕作者が賃借権等の権利を有するものを買収するのは、これを当該耕作者に売渡し以て耕作者としての地位の安定を図るのにあつてこれをして不当に利得させる趣旨のものでないから買収すべき宅地は耕作者の農業経営上真に必要なものに限られるものと解すべきである。ところで本件についてこれを見るに成立に争のない甲第六号証並に前記稲垣の証言及び検証の結果によると同人はその経営せる農地への距離が本件宅地よりも近くて便利な箇所に六畳二間四畳半二間玄関土間付中二階の相当堅固な家屋を新築し、しかもその前方には百数十坪の空地があつて同人がその妻老母及び幼少の子女六人と共に之に居住しその有する農地一町一畝余を経営するに十分であり恰好の施設であることがうかがわれなお同人も本件宅地上の家屋をここに移転する意思があり既に移築許可の出願もしている次第が認められる。して見ると本件宅地は、もはや同人の農業経営上必要不可欠のものでないといわねばならぬ。加うるに原審証人立松彦太郎当審証人長谷川正逸の証言によると、本件宅地附近は住宅区域であつて右稲垣一家を除いて他に農家なく、また本件宅地は都市計画による区画整理の結果現在家屋の建つている大部分は他人の換地となるので、その南方の部分に家屋を移転せねばならぬ事となりしかもその地積は約二割二分を減少し空地は頗る狭少となることが認められ農業経営上の利用価値も甚だ少く位置、環境等の関係から云つても買収に不適当である。従つて被控訴人が本件宅地を買収したのは違法であつてその処分は取消すべきものである。よつて控訴人の本訴請求はこれを認容すべきであつて原判決は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

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